【守護神Danilo Padilha】母親の悲痛な訴え…シャペコエンセGKダニーロ・パディーヤの短すぎる生涯と経歴、そして最期の言葉。ブラジル飛行機墜落事故は奪えない意志と息子ロレンソとの絆
ブラジルサッカーチーム・チャペコエンス(Chapecoense)のゴールキーパー、ダニーロ・パディーヤ(Marcos Danilo Padilha)。
享年31歳の
その短すぎる生涯の活躍に迫ります。
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⇒墜落事故概要
11月29日未明、
ブラジルサッカーチーム
シャペコエンセ(Chapecoense)の
搭乗するRJ85航空機CP2933便が墜落。
チームメンバー含む搭乗員77名のうち
6名しか生存しなかった凄惨な事件で
両足切断された状態で発見された
ダニーロ・パディーヤ(Marcos Danilo Padilha)
救出され病院へ搬送されるも
その甲斐もなく死亡が確認されました。
シャペコエンセ(Chapecoense)の
守護神として数多くの脅威から
齢にしてたった31歳でこの世を去った
その儚くも輝かしい人生は
どういったものだったのでしょうか
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⇒出生と幼少期
生まれは
ブラジル・シアノルテ(Cianorte)。
母の
アレイド・パディーヤ(Alaíde Padilha)、
父の
ユニス・パディーヤ(Eunício Padilha)
との間に1985年7月31日、
この世に生を受けます
名をマルコス・ダニーロ・パディーヤ(Marcos Danilo Padilha)。
幼少期のダニーロは明るい性格で
多くの友達に囲まれる
ムードメーカー的存在だったそうです。
ブラジルにおいてのサッカーは国技。
幼いダニーロもまた、
そのサッカーの魅力に惹かれ
のめりこんでいきました。
⇒選手になりたい
物心つく頃から
サッカーボールに触れていたダニーロは
いつしか「サッカー選手になりたい」と
その小さな胸に大きな夢を
秘めるようになっていくのでした。
なぜなら、彼の自宅前には
このようなゴールが置いてあるからです。
比較的小柄なダニーロに対して
ぶっきらぼうにこう言い放ちました。
「おまえ
小さいからゴールキーパーやって」
小柄なダニーロの遥か頭上に並ぶ
この長いクロスバーの下で、
彼のGKとしての軌跡が
決定していったといっても
過言ではありません。
そんなダニーロは、
少年期の初期から既に
ゴールキーパーとしての才覚を魅せ、
周囲もまたそれを認めていました。
ダニーロを知る誰もが、
「彼は偉大なゴールキーパーになる」
と、そう想いを馳せていたそうです。
そんなダニーロは、
いつしか精悍な青年へと成長。
そのサッカースキルもまた
目を見張るものを魅せていきます。
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⇒夢は叶う
2004年には地元シアノルテにて
シニアサッカーチーム・シアノルテ(Cianorte Futebol Clube )に所属。
シアノルテサッカーチームは当初、
名もなきサッカークラブでしたが
2003年に正式にサッカーチームとして設立。
その創立からおよそ1年後にダニーロ加入。
2004年から2007年にかけて
サッカーチームとして正式に参戦した
シアノルテに多大なる貢献を捧げます。
続いて、
所属順にご紹介していきます。
2006年
Engenheiro Beltrão(AssociaçãoEsportiva Recreativa EngenheiroBeltrão)
2008年
ナシオナルPR(Nacional-PR)
2009年
パラナヴァイ(Paranavaí)
2009-2010年
オペラリオ・フェロヴィアリオ(Operário Ferroviário)
2010-2011
アラポンガス(Arapongas)
2011-2013
ロンドリーナ(Londrina)
2013
シャペコエンセ(Chapecoense)
2014-2016
シャペコエンセ(Chapecoense)
⇒通算ゲーム数
2011年より所属していた
ロンドリーナ(Londrina)では
通算50ゲーム超の参加で活躍、
2016年より所属した
シャペコエンセ(Chapecoense)では
通算150ゲーム以上の参加をし
通算で229キャリアとなっています。
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⇒その私生活は
また、ダニーロは結婚し、
美しい妻レティシア(Leticia Padilha)の
夫であることと同時に、
1児の親でもありました。
妻であるレティシア(Leticia Padilha)は
墜落事故による悲劇で夫を失い、
言葉では言い表せないほどの
悲哀に暮れているといいます。
事故後、
電話でダニーロと話をしたといいます。
妻・レティシア(Leticia Padilha)は
どんな気持ちで
その声を受けたのでしょうか……
そのベッドの上からの
電話を最後に数分後、
重大な負傷がもとで
息を引き取る事となります。
⇒ダニーロ最期の言葉
墜落事故機内にて、
両足切断された状態で発見された
その最期の言葉が、
脳裏に焼きついて離れません。
ああ神様………
私の家族を、どうか見守ってほしい。
いつか笑顔で満たされるまで
どうか見守っていて欲しい。
そして私を心置きなく
天国へ連れていってください。
命を奪ってください。
…だって、
私がいなければ
chapecoenseのみんなは
天国でサッカーができないんです。
なぜなら、
私はchapecoenseの
ゴールキーパーなのだから。
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⇒母の悲痛な訴え
また、母の
アレイド・パディーヤ(Alaíde Padilha)は
メディアへのインタビューに対し、
こう語っています。
ダニーロはサッカーを心から愛し、
サッカーと共に育ち、
サッカーと共に生きました。
ダニーロはサッカーから
人生にとって大切な事を学び、
そして手に入れました。
何かに熱心に打ち込む事の尊さ、
自身を強く成長させる事の喜び。
一つの目標に向けて共に向かう
一生をかけて付き合える仲間という
かけがえのない宝物も、
生涯共に付き添いたいと思い合える
妻と、その子も、です。
私には、今、愛する息子が
どこに居るのかはわかりません。
ですが、
きっととても色鮮やかで
華やかで暖かい光の中に居るものと
私はそう、確信しています。
⇒その意志は子へ
息子のロレンソ(Lorenzo Padilha)は
現在2歳。
ロレンソは、2歳でありながらも
父親の歩んだ誇り高き道筋を胸に
「ゴールキーパーになりたい」と
そう思っているのです。
父であるダニーロは
献身的に、ロレンソにサッカーを教え
ロレンソもまた、それに応えました。
しかし、
父はもう、この世には居ません。
シャペコエンセ(Chapecoense)を
ずっと護り続け、勝利に導いてきた
偉大な父の意志を継ぎ……
数十年後、
シャペコエンセ(Chapecoense)チームの
守護神として活躍できる時が
果たしてくるのでしょうか。
また、父の果たせなかった
ありふれたもうひとつの偉業。
「引退するその時までサッカーで生きる」
これを果たす事ができるのでしょうか。
きっと出来るものと、
私は、そう願っています。
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